築年数の古い賃貸物件を売却する際、少数の賃借人が入居していると、買い手が自由に利用できない状態になってしまいます。
これでは、高く売却できないため、賃貸人(大家さん)としては困ってしまいますよね。
建物を取り壊して更地にして売りに出せば、多くの買い手が集まることが期待できます。そのためには、立ち退き交渉を行い、すべてを空室にしなければなりません。
しかし、立ち退き交渉は素人には難しいものです。言い合いになったり、深刻な問題に発展したりすることもあるでしょう。
そこで今回は、立ち退き交渉について取り上げ、基本を理解することの重要性を説明します。
具体的には、
- 立ち退きの考え方のポイント
- 正当事由について
- 賃貸人の正当事由とみなされるケース
- 立ち退き料の相場
- 立ち退き交渉の注意点
といった、立退き交渉についての基礎知識について解説しています。
借家人・賃借人を立ち退きさせるのは難しい
賃貸アパートなどで、借家人・賃借人に立ち退きしてもらうためには、賃貸人側に正当事由が必要ですが、実際は難しい面があります。
6ヶ月前の申し入れでも正当事由が必要
「解約申入れ」から6ヶ月経過で賃貸借契約は終了
期間の定めのある賃貸借契約を締結している場合、賃貸人が契約期間満了日の1年前から6ヶ月前までの間に「更新拒絶通知」を賃借人に出すと、契約期間満了日に賃貸借契約は終了することになります(借地借家法第26条1項)。
これに対して、期間の定めのない賃貸借契約を締結している場合は、賃貸人は「解約申入れ」を賃借人に出します。「解約申入れ」を出すタイミングは特に決められてなく、いつでも出すことができます。
そして、「解約申入れ」から6ヶ月経過した時に、賃貸借契約は終了します(借地借家法第27条1項)
ただし、いずれの場合も契約終了後に賃借人が建物を継続して使用している場合は、賃貸人はこれに対して、遅滞なく異議を述べることが必要とされていますので注意が必要です。
解約には正当事由が必要
このように説明すると、「更新拒絶通知」もしくは「解約申入れ」をきちんと出せば、賃貸人の希望通りに賃貸借契約を終了させられそうですが、そうかんたんにはいきません。
なぜなら、借地借家法において、「更新拒絶通知」及び「解約申入れ」には、いずれも賃貸人側の正当事由が必要とされているからです(借地借家法第28条)。
つまり、この正当事由が認められなければ、賃貸人は賃貸借契約を終了させることはできません。
ただし、締結している賃貸借契約が普通借家契約ではなく定期借家契約の場合は、あらかじめ更新されないことが前提の契約ですので、契約期間満了と同時に賃貸借契約が終了することとなり、正当事由は必要ありません。
借地借家法で強く保護されている賃借人
借地借家法における借家権は、建物を借りる借家人・賃借人を保護する権利です。
人として生活を送るための基盤として住居があり、その生活の場をみだりに脅かされることがないように保護しています。
土地上に自分名義の建物を建てることができる借地権ほどではないにせよ、借家権も民法上の賃貸借に優先して借地借家法のルールが適用されるため「借家人・賃借人は非常に強く保護されている」といえます。
立ち退きの正当事由とは?
更新拒絶通知または解約の申入れを出しても、賃貸人の正当事由が必要だと説明しましたが、この正当事由というのは実に難しい問題です。
賃貸人に正当事由があるかないかは、下記のポイントを考慮のうえ、総合的に判断されます。
- 賃貸人及び賃借人(転借人を含む)それぞれの当該建物の使用に対しての必要性
- 建物の賃貸借に関するこれまでの経過
- 建物の利用状況
- 建物の現況
- 賃貸人が建物の明渡しの条件として、立ち退き料の支払いを申し出た場合はその申出
このように、正当事由は事案ごとの個別事情によって判断が分かれるため、弁護士でも判断が難しい問題です。
争った場合には、最終的に裁判所の判断を仰ぐ・・・ということになりますが、賃貸人側の事情や状況のみでは安易に正当事由は認められない、と考えておきましょう。
立ち退きの正当事由と見なされるケースとは?
ここでは、賃貸人からの立ち退きの正当事由として見なされるケースを紹介します。
- 賃貸している建物に住む必要がある
- 建物の老朽化により建て替えしたい
- 解体して更地にしてから売却したい
- 家賃滞納は期間による
- 頻繁な入居トラブル
ただし、これらのケースでも立ち退き料が必要になることが少なくありません。
それぞれについて以下に詳しく解説しますが、あくまでもケースバイケースですので、参考程度としてご確認ください。
賃貸している建物に住む必要がある
賃貸している建物に、賃貸人やその家族が住居として使用する必要があるケースです。
「海外転勤のため自宅を賃貸していたが、転勤から戻れたために自宅に住みたい」などがこれにあたるでしょう。その他、賃貸人が現在住んでいる家が災害等で滅失してしまい、「賃貸している建物に家族で住みたい」なども考えられます。
具体的に差し迫った事情で、その建物に住まなければならない必要性があれば正当事由として認められるでしょう。しかし、賃借人にも事情があるために、立ち退き料を支払うことで経済的損失を補償する必要性はあると考えられます。
建物の老朽化により建て替えしたい
建物の老朽化により、大規模修繕や建替の必要性が客観的にも明らかな場合は、賃貸人にとっての正当事由となります。新耐震基準を満たしておらず、倒壊の危険性が認められるために、実際に自治体から建替の勧告を受けている建物もあります。
しかし、建物が老朽化しているという理由だけで、有無を言わさずに立ち退いてもらう・・・というのは、賃借人保護の観点からも認められないでしょう。
やはり、相応の立ち退き料を支払い、経済的損失を補償する必要があります。
また、「老朽化しているために新築に建替えて、より収益性を上げたい」という理由では、賃貸人側の一方的な事情と判断され、正当事由とは認めてもらえません。
解体して更地にしてから売却したい
賃貸人が、「賃借人に立ち退いてもらい、建物を解体して更地で売却したい」と考えることはよくあることでしょう。満室ならいざ知らず、少数の賃借人がいる古アパートなどは、とても高くは売却できません。
高く売却するためには立ち退きをして更地にする必要がありますが、このような賃貸人側の理由では、正当事由とは認められません。
賃貸人が生活を送るうえで、どうしても必要な資金を得るために、更地にして売却することの必然性があり、賃借人側の事情よりも認められるという場合であれば、正当事由として認められる可能性があります。
しかし、その場合でも立ち退き料を賃借人に支払い、経済的損失を補償する必要があるでしょう。
家賃滞納は期間による
賃借人が、賃貸人との信頼関係を毀損するような債務不履行(契約違反)を行っている場合、賃貸人に正当事由があると認められ、立ち退き料を支払うことなく立ち退いてもらうことが可能となります。
代表的な例が、家賃の滞納です。
ただし、家賃滞納についてはその期間にもよります。
賃借人が1回だけ1週間程度家賃の支払いが遅れたからといって、即時立ち退きを求めるほどの債務不履行かと問われれば、そうではないからです。
賃貸人との信頼関係を毀損するほどの債務不履行とは、「3ヶ月以上家賃を滞納している」「度重なる支払い遅延がある」「支払い能力が明らかにない」などのケースが考えられます。
その他の債務不履行の事例としては、
- 無断で第三者に転貸をしている
- 契約時と違う用途で建物を使用している
などがあります。
頻繁な入居トラブル
賃借人が、入居中に頻繁に他の入居者に迷惑をかけている場合や、使用細則などの入居ルールを守らない場合、賃貸人の正当事由となり「契約解除=立ち退き」を求めることができます。
ただし、ただ単に「素行が悪い」「入居ルールを守らない」「騒音トラブルを起こしている」程度では、ただちに立ち退きを求めることは難しいでしょう。
ケースにもよりますが、「警察官に何度か注意してもらった」「この程度の健康被害が出ている」「騒音の計測値データが許容範囲を超えている」など、客観的な証拠やデータが必要となりますので、注意しましょう。
賃貸の立ち退き料の相場
ひとことで立ち退き料といっても、一体いくらくらいが相場なのか答えられる人は少ないでしょう。
立ち退き料は法律で明記されているものではなく、個別事情で変わってくる要素を持ちますが、どのくらいの目安で考えればよいのかなど、この項で説明していきます。
正当事由を補完する立ち退き料
賃貸人からの立ち退き請求には正当事由が必要で、さらに立ち退き料を支払うことにより正当事由が補完されます。
賃貸人側の事情と賃借人側の事情を相互に勘案し、賃貸人側の事情のみでは正当事由と認められない場合に、賃借人の経済的損失を補償するという意味で立ち退き料の支払いが必要になります。
そのため、立ち退き料はケースバイケースであり、事案ごとの個別事情を考慮のうえ算定されることとなります。
<立ち退き料と正当事由のチャート>
立ち退き料は法律で決まっているわけではない
立ち退き料は、民法や借地借家法などで明確に規定されているものではありません。
土地を借りて自分名義の建物を建てることができる借地権の評価額は、相続税法で更地価格に借地権割合をかけた金額と定められており、借地権割合は路線価図で確認できます。
しかし、借家権についてはこのような基準がないため、立ち退き料の計算も困難となっています。
また、賃貸人の正当事由や立ち退き請求の事情、賃借人の事情や状況などによっても算定根拠が変化することとなります。
立ち退き料の相場は家賃の6ヶ月分~10ヶ月分ぐらい
立ち退き料は、賃借人の使用目的によっても大きく変わってきます。住居として使用しているのか、事務所として使用しているのか、飲食店として使用しているのか、それぞれのケースによって異なります。
裁判所の判例によると、賃貸人に正当事由がある場合に、賃借人の経済的損失を考慮して立ち退き料を算定している傾向が見られます。
ひとつの目安として、賃借人が新しい部屋を借りるために支払う契約費用(敷金・礼金・仲介手数料など)および引越しにかかる費用などを合計して、賃料の6ヶ月分~10ヶ月程度の立ち退き料で解決しているケースが多いようです。
なお、立ち退き料とは別途に、預託されていた敷金はすべて返還しなければなりません。
賃貸の立ち退き交渉10の注意点
最後に、立ち退き交渉を行ううえで、注意すべき10のポイントについて説明します。
- 感情的にならない
- 賃借人の立場に配慮する
- 立ち退きの理由を明確に伝える
- 立ち退き期限を決める
- 引っ越し先探しを支援する
- 内容証明を送る前に段階を踏む
- 交渉記録は必ず残しておく
- 弁護士に依頼したほうがよいことも
- 裁判ではかえって長期化することも
- 話し合いで解決がベスト
よく確認して、立ち退き交渉にあたってください。
感情的にならない
立ち退き交渉をする際は、決して感情的にならないように心掛けましょう。
たとえ、賃借人側に家賃滞納などの債務不履行があったとしても、口論やケンカになってしまっては、まとまるものもまとまりません。
賃貸人は賃借人に立ち退いてもらうことをお願いする立場にあると認識し、これまで賃貸してくれていたことへの感謝や立ち退きに対するお詫び、誠意を持って対応する旨を真摯な気持ちで伝えなければなりません。
納得できないことを言われたとしても、冷静に対応することが大切です。
賃借人の立場に配慮する
立ち退き交渉は、賃貸人側の事情より賃借人側の事情を考慮して、賃借人の立場に立って考える必要があり、そうした配慮が求められます。賃借人の事情は千差万別であり、立ち退き交渉を一律に進められるものではないからです。
たとえば、
- 単身で暮らしている大学生
- 更新時期に引越しを考えていた独身サラリーマン
- 夫がリストラになり深刻な状況の夫婦
- 子供の幼稚園や学校の関係で簡単には引っ越せない家族
- 30年以上賃貸していて地元に人間関係が深い高齢者
など、賃借人によって事情や状況はさまざまです。
一人ひとりの賃借人と向き合って、賃借人の立場と事情を考慮した立ち退き交渉を行う必要があります。
立ち退きの理由を明確に伝える
立ち退き交渉を行う場合には、立ち退き理由を明確に伝えなければなりません。
たとえば、建物の老朽化が理由であれば、耐震診断のデータなど客観的事実を提示したうえで、入居者の安全が確保できないという事実を伝えます。
そのうえで、安全性の高い建物への転居を理解してもらい、あわせて引越し費用の負担などの経済的損失の補償を提案することで同意してもらえる可能性が高くなります。
立ち退き理由を明確にし、客観的事実の裏付けを提示することで、相互の信頼性が高まるのです。
立ち退き期限を決める
借地借家法で規定されている解約申入れは、6ヶ月の猶予があるということを伝えたうえで、3ヶ月程度の立ち退き期限を決めます。
そして、その立ち退き期限内に立ち退いてもらえた場合には、立ち退き料を上乗せして支払うといったインセンティブを付けます。
3ヶ月という期限を決めて、上乗せした立ち退き料がもらえるという賃借人の経済的メリットを設定することで、賃借人にとって検討の優先順位が上がることになるでしょう。
その結果、素早い行動に移るケースも多くなり、賃貸人・賃借人双方にメリットが生まれることになります。
引っ越し先探しを支援する
立ち退き交渉においては、立ち退きの要請をしながら同じエリアで同程度の賃料やグレードの引っ越し先となり得る賃貸物件の情報を提供していくとよいでしょう。
物件情報のみならず、引っ越し業者の情報やその他に賃借人の役に立つようなお手伝いができる場合は、積極的に対応しましょう。
そのような対応を通して、賃借人に賃貸人の誠意や努力を認めてもらえれば、立ち退き交渉にも良い影響をもたらすとともに、退去への進捗も自分自身で確認できることに繋がります。
あくまでも、「賃貸人の事情で引っ越してもらう」という謙虚な気持ちを持つことが必要です。
内容証明を送る前に段階を踏む
立ち退きに関しての説明や依頼もせずに、いきなり内容証明郵便を送付することは避けましょう。
唐突に内容証明郵便を送られた賃借人の立場に立つと、態度を硬化させてしまうリスクもあります。賃借人の気持ちが硬化してしまえば、その後の立ち退き交渉に影響が出ることは明白ですし、時間も費用もよりかかることになりかねません。
もちろん、解約の申入れのエビデンスとして内容証明郵便を送付することにはなりますが、事前に十分な説明などを行い、話し合いが大切であることを心に留めておいてください。
交渉記録は必ず残しておく
交渉過程での会話内容や取り決めたことなどについて、議事録を作成して賃借人と共有するとかノートに記述しておくとか、記録として必ず残しておきましょう。
賃借人の了解を得て、ボイスレコーダーに残しておくのもひとつの方法ですし、メールのやり取りなども保存しておけば有効です。
こうした交渉記録を残しておくことは、いわゆる「言った・言わない」の問題を防ぐことができますし、万一、裁判になった場合も、有力な証拠として採用されることがあります。
弁護士に依頼したほうがよいことも
利害関係にある賃貸人と賃借人の当事者同士で交渉をすると、感情的になり、交渉がまったく進まないことがあります。そうした場合に、弁護士が仲介することで、交渉が穏便かつ冷静に進むことがあるのです。
ただし、立ち退きなどの不動産トラブルに精通した、これまでに取扱い実績の豊富な弁護士に依頼する必要があります。
また、万一裁判になった場合にも、経過を熟知している流れで、スムーズに手続きや対応を行ってもらえるメリットもあります。
裁判ではかえって長期化することも
裁判で争うことは、最終的な手段と考えた方がよいでしょう。
賃貸人も賃借人も裁判で争うことは避けたいのが本音ですが、賃貸人が「裁判も辞さない」という毅然とした姿勢を見せることは、賃借人にとってもプレッシャーとなるため、逆に早期解決のインセンティブになる場合もあります。
実際に裁判になった場合、立ち退きまでの期間は、賃借人に家賃滞納などの債務不履行があれば早くて半年、なければケースバイケースとなります。
双方の主張に隔たりが大きいために裁判となっている現状を考えると、なかなか合意に至らず、正当事由の立証や立ち退き料の算定に時間がかかるため、裁判が長期化するリスクがあります。
話し合いで解決がベスト
やはり、一番望ましいのは話し合いで円満解決することです。
裁判にまで発展すれば、賃貸人・賃借人ともに無用な費用や時間を費やすこととなりますし、大変なストレスを感じながら生活を送らなければなりません。
本音では、双方とも1日も早い解決を望んでいることは共通しているはずです。
「これまで家を貸してやっていたんだ」といったような上から目線は慎み、立ち退き交渉をスムーズに進めるためにも、「円満な雰囲気」の中で「冷静な話し合い」ができるように努めることが重要です。
<立ち退き交渉の流れ>
※賃借人側に家賃滞納などの債務不履行がない場合
賃貸の立ち退き交渉は人間力が問われる
立ち退き交渉の基本的知識について解説してきました。
立ち退きには正当事由が必要で、円滑に進めるためには立ち退き料という補償が必要なことが多いのですが、やはり最終的には人間性や誠意といったソフトの部分が大切です。
ある意味で、立ち退き交渉は非常に人間臭い折衝ですので、あなたの人間力が問われると言っても過言ではないでしょう。
「立ち退き交渉を円満に進められる人は、今後の賃貸経営においても成功を収めることができる」といえるのではないでしょうか。
以上、賃貸物件を売却するために借家人・賃借人を立ち退きさせる方法と10の注意点【立ち退き料の相場】… でした。
参考
マンション売却を成功させるには、いくつかのコツがあります。下記記事では実際の成功事例を紹介していますので、ぜひ参考にしてください。
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